特定居住用宅地等の改正論点
平成30年度の税制改正において、小規模宅地等の特例における特定居住用宅地等に関して、家なき子特例の要件につき改正が行われました。
この税制改正は、行き過ぎた節税を防止するために行われたのですが、今回はどのような点が改正されたのかを解説します。
1.家なき子特例は、持ち家のない別居親族が適用可能
平成30年度で改正された点は、特定居住用宅地等に関する要件のうち、いわゆる「家なき子特例」の適用要件です。
家なき子特例とは、例えば一人暮らしの父が亡くなり空き家になった実家を、転勤中で借家住まい(家なき子)の長女が相続した、というものです。
亡くなった父には配偶者も同居の親族もおらず、別居中の長女には持ち家がありません。
長女がいずれ戻ると想定される実家は特定居住用宅地等に該当し、実家の土地の評価額につき330㎡まで80%の減額をすることができます。
【例】
自宅の土地の地積:400㎡
自宅の土地の評価額:4,000万円
家なき子特例による減額:4,000万円×330㎡/400㎡×80%=2,640万円
特例適用後の自宅の土地の評価額:4,000万円-2,640万円=1,360万円
2.税制改正により、家なき子要件が厳格化
(1)節税対策に利用されるという改正前の問題点
小規模宅地等の特例とは、被相続人が自宅や事業等で利用していた宅地等を親族が相続で取得した場合に、一定の要件を満たすことで宅地等の評価額を一定の面積まで最大で80%の減額をすることができるという制度です。
相続税は相続が発生した時に被相続人の財産に対して課税される税金です。
しかしながら、自宅や事業等で利用していた宅地等については、被相続人の親族にとって生活していく上での必要不可欠な財産である場合も多く、その財産に対して多額の税金を課税するとその親族の今後の生活に支障が生じる可能性があります。
小規模宅地等の特例は、そのような可能性を防いで残された親族の生活を守るための制度です。
その中でも家なき子特例は、例えば同居親族である長女が相続開始の直前に転勤となり単身赴任をせざるを得なくなったため、同居親族でなくなり実家について小規模宅地等の特例が適用できなくなるというような不公平を解消するために設けられました。
しかしながら、被相続人の自宅を取得する親族につき持ち家が3年間なければ家なき子特例を適用することができるため、節税スキームとして利用されることがありました。
例えば持ち家のある相続人が、その持ち家を兄弟等の親族に譲渡することで意図的に持ち家がない状況を作り出せば、家なき子に該当して特例を適用できるのです。
このような意図的な節税を防止するため、家なき子特例の要件につき改正が行われることとなりました。
(2)改正後は、新たな要件が追加
家なき子特例の改正前と改正後の要件は、それぞれ下記の通りです。
〇改正前(平成30年3月31日以前の相続)の要件
次の1~5の要件を全て満たすこと
- 取得者が居住制限納税義務者又は非居住制限納税義務者のうち日本国籍を有しない者ではないこと。
- 被相続人に配偶者がいないこと。
- 相続開始の直前において被相続人の居住の用に供されていた家屋に居住していた被相続人の相続人(相続の放棄があった場合には、その放棄がなかったものとした場合の相続人)がいないこと。
- その宅地等を相続開始時から相続税の申告期限まで有していること。
- 相続開始前3年以内に日本国内にある取得者又は取得者の配偶者が所有する家屋(相続開始の直前において被相続人の居住の用に供されていた家屋を除きます。)に居住したことがないこと。
〇改正後(平成30年4月1日以後の相続)の要件
次の1~6の要件を全て満たすこと
- 取得者が居住制限納税義務者又は非居住制限納税義務者のうち日本国籍を有しない者ではないこと。
- 被相続人に配偶者がいないこと。
- 相続開始の直前において被相続人の居住の用に供されていた家屋に居住していた被相続人の相続人(相続の放棄があった場合には、その放棄がなかったものとした場合の相続人)がいないこと。
- その宅地等を相続開始時から相続税の申告期限まで有していること。
- 相続開始前3年以内に日本国内にある取得者、取得者の配偶者、取得者の三親等内の親族又は取得者と特別の関係がある一定の法人が所有する家屋(相続開始の直前において被相続人の居住の用に供されていた家屋を除きます。)に居住したことがないこと。
- 相続開始時に、取得者が居住している家屋を相続開始前のいずれの時においても所有していたことがないこと。
改正前は本人又は配偶者が所有する家屋に居住したことがないことが要件でしたが、改正後は本人又は配偶者だけでなく、三親等内の親族及び特別の関係がある法人が所有する家屋に居住したことがないことも要件となります。
さらに、相続開始時に居住していた家屋を過去に所有していたことがある場合は、家なき子要件を満たさないこととなりました。
また、家なき子特例を適用する場合の添付書類についても下記の通り変わります。
〇改正前(平成30年3月31日以前の相続)の添付書類
1.相続開始前3年以内の住所を明らかにする書類(住民票や戸籍の附票の写し)
2.相続開始前3年以内に居住していた住宅が、自己又は自己の配偶者の所有する家屋以外の家屋であることを証明する書類
〇改正後(平成30年4月1日以後の相続)の添付書類
1.相続開始前3年以内の住所を明らかにする書類(住民票や戸籍の附票の写し)
2.相続開始前3年以内に居住していた家屋が、自己又は自己の配偶者、三親等の親族、特別の関係がある一定の法人の所有する家屋以外の家屋であることを証明する書類
3.相続開始の時において、自己の居住している家屋を相続開始前のいずれの時においても所有していたことがないことを証明する書類
上記1については、特例の適用を受ける者にマイナンバーがある場合は、提出が不要となります。上記2及び3については、賃貸契約書の写しや家屋の登記簿謄本等が該当書類となります。
3.改正により家なき子特例が認められなくなるケースが増加
家なき子特例につき、税制改正によって下記のような場合は適用ができなくなります。
(1)相続人が親の所有する家屋に居住している場合
【例】
被相続人:父
相続人:長女
相続不動産:父の自宅、長女の自宅
(2)相続人が持ち家を親族等に売却し、その家を賃借している場合(リースバック)
【例】
被相続人:父
相続人:長女
相続不動産:父の自宅
上記の事例の他、例えば相続人である子供の持ち家に住んでいる孫に遺贈する場合や相続人が持ち家を同族会社に売却して、その売却した家屋を同族会社から賃借して居住している場合等も、改正前は家なき子の特例の適用が可能でしたが、改正後は適用が不可となります。
4.海外の居住家屋であれば、家なき子特例の適用が可能
改正後の家なき子特例の要件の一つとして、被相続人が居住していた宅地等を取得した親族が「相続開始前3年以内に三親等内の親族等が所有する家屋に居住したことがないこと」があります。
ここでいう「三親等内の親族等が所有する家屋」は、国内の家屋が対象となります。
そのため、宅地等を取得した親族が「三親等内の親族等が所有する家屋」に居住していても、その家屋が海外の家屋である場合は家なき子要件を満たす可能性があります。
改正後は、「三親等内の親族等が所有する家屋」に居住していた場合は家なき子要件を満たさなくなったわけですが、その家屋が“相続税法の施行地内(国内)”の家屋に限定されている点は、改正前後で同様です。
例えば、一人暮らしの父が亡くなり、実家の敷地を相続した長女が、相続開始前3年以内に、父が所有する国内の家屋に居住していた場合には、“相続税法の施行地内”にある「三親等内の親族等が所有する家屋」に居住していることになるため、改正後の家なき子要件を満たしません。
一方で、長女が海外に留学しており、父の所有する海外の家屋に居住していた場合には、“相続税法の施行地内”にある「三親等内の親族等が所有する家屋」には居住していないことになりますので、改正後の家なき子要件を満たす可能性があります。
【例】
被相続人:父
相続人:長女
相続不動産:父の自宅、長女の自宅(海外)
5.経過措置として、改正前の要件を満たせば適用が可能なケースも
家なき子特例の改正は、平成30年4月1日以後の相続から適用されますが、経過措置も設けられています。
令和2年3月31日までに、平成30年3月31日及び相続開始時点において改正前の家なき子特例の要件を満たしていた宅地等を相続又は遺贈により取得する場合には、家なき子特例を適用することができます。
例えば、長男が家なき子になるために持ち家を同居する自分の息子に贈与している、というような場合です。改正後はこの方法による特例の適用が認められませんが、平成30年3月31日までに贈与を実行している場合は経過措置が適用され、令和2年3月31日までに相続が開始したときに限り家なき子特例が適用できます。
平成30年3月31日に相続があったとしたならば家なき子特例が使える宅地等を「経過措置対象宅地等」といいます。平成30年3月31日時点で①親族が改正前の家なき子(過去3年間持ち家なし)に該当し、②被相続人が一人暮らしであるという場合は、被相続人の自宅は経過措置対象宅地等に該当します。
また、令和2年4月1日以降の相続で、下記の要件を満たす場合は、経過措置対象宅地等につき、特定居住用宅地等として小規模宅地等の特例の適用が可能です。
【前提条件】
1.令和2年3月31日時点で、経過措置対象宅地等につき家屋の新築又は増築等の工事が行われていること。
2.当該工事が完了する前に、相続が発生していること。
3.相続税の申告期限までに、取得者が居住の用に供していること。
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本コラムで取り挙げた題材はあくまで一例であり、人それぞれ、宅地等の状況も様々で、適用可否の判断には難解な部分も多くあります。
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