農地の納税猶予とは
農業経営をおこなっていた人が亡くなったときに、その相続財産の多くを広大な農地が占めていて相続税が払えないといったことになると、農業を継ぐために農地を相続したにもかかわらず、農地を売却しなければ相続税が払えない!といった事態になりかねません。
結果として農地が分散し、農業経営を続けていくことができなくなります。
そういったことを防ぎ、農家の安定経営を支えることを目的に、農地の納税猶予という制度が存在します。
この制度には、相続税と贈与税の2つの納税猶予制度があり、ざっくり説明すると「農業経営を続けるならば、その農地については税金を免除しますよ」という制度です。
制度の適用には細かな要件、手続きが必要ですので詳しく説明していきます。
相続税の納税猶予
農業を営んでいた被相続人から相続により農地等を取得した農業相続人が、農業を継続して行う場合または特定貸付を行う場合には、一定の条件のもとに、その取得した農地等の価額のうち農業投資価格による価額を超える部分に対応する相続税額について、その納税が猶予されます。
さらにその猶予された相続税額は、一定の場合には免除されます。
農業投資価格は、実際の農地等の時価よりかなり低く設定された価格で、国税庁ホームページのホーム画面「関連サイト」の「路線価図・評価倍率表」で、取得した農地等の所在する都道府県ごとに確認することができます。https://www.rosenka.nta.go.jp/ |
1.被相続人の要件
次のいずれかに該当すること
- 死亡の日まで農業を営んでいた人
- 農地等の贈与税の納税猶予を適用した農地等の生前一括贈与をした人
- 死亡の日まで相続税・贈与税の納税猶予の適用を受けていた者で、障害、疾病などの事由により営農が困難な困難な状態であるため賃借権等の設定による貸付けをし、税務署長に届出をした人
- 死亡の日まで特定貸付けを行っていた人
2.農業相続人の要件
納税猶予の適用を受けることができる農業相続人は、被相続人の相続人です。原則として相続を放棄した者は適用を受けられません。
なお、相続人が未成年者の場合には、その未成年者と同居し生計を同じくする親族が農業経営を行うことが必要となります。
また、次のいずれかに該当しなければなりません。
- 相続税の申告期限までに農業経営を開始し、その後も引き続き農業経営を行うことにつき、農業委員会が証明した人(適格者証明書の交付を受けた者)
- 農地等の生前一括贈与の特例の適用を受けた受贈者で、障害、疾病などの事由により営農が困難な状態であるため賃借権等の設定による貸付けをし、税務署長に届出をした人
- 相続税の申告期限までに特定貸付けを行った人
配偶者が農業相続人である場合、配偶者が農業相続人でないものとして計算すれば相続税額が生じ、納税猶予を適用すれば納付すべき相続税額が算出されないときは、納税猶予は適用可能です。
ただし配偶者が農業相続人でないものとして計算すれば配偶者の税額軽減により相続税額が生じない場合は、その配偶者は、納税猶予の適用はありません。そのため、配偶者が取得した農地については農業投資価格により計算できなくなります。
3.特例の対象となる農地等
申告期限までに遺産分割された農地等で、 相続税の期限内申告書にこの特例の適用を受ける旨が記載されたものであること。
下記の農地等は特例の対象となりません。
- 特定市街化区域農地等、遊休農地
- 申告期限までに分割されなかった農地
- 小作人に小作させている農地
- 市民農園等に貸し付けている農地
- 一時的に耕作している農地や家庭菜園
- 代償分割により、他の相続人から取得した農地
特定市街化区域農地等とは
市街化区域内農地または採草放牧地で、三大都市圏(首都圏・中部圏・近畿圏)の特定の市にある農地をいいます。主要都市部にある農地の宅地転用を促す目的により、宅地並みの金額で課税され、納税猶予の制度は適用されません。
平成30年度税制改正により、相続税・贈与税の納税猶予の適用対象の農地に下記の農地等が追加されました。
三大都市圏の特定市にある特定市街化区域農地等のうち、
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都市営農農地等とは
特定市街化区域農地等のうち、都市計画法に規定される生産緑地内にある農地または採草放牧地等をいいます。(買取の申出がされたもの等を除く)
生産緑地とは
市街化区域にある農地等で、都市の良好な環境の形成に役立ち、将来的には公共施設の敷地の候補ともなる農地等のことを指します。都市分の人口増加が急激に進み、宅地開発により市街地の緑地が減少した結果、住環境の悪化や、土地が保水機能を失ったことなどによる災害などが多発したため、よりよい市街地の環境整備を目的として設定されました。生産緑地は主に都市部に多くみられます。
4.納税猶予の適用を受けるための手続き
① 相続税の申告手続
納税猶予に関する適格者証明書や担保関係書類など一定の書類を添付した相続税の期限内申告書を提出することが必要です。期限後の申告では納税猶予の適用を受けることはできません。
② 担保の提供
納税猶予の適用を受けようとする場合には、相続税の申告期限までにその猶予税額に相当する担保を提供しなければなりません。納税猶予の適用を受ける農地等の全部を担保に提供するのが一般的ですが、それ以外の場合は、納税猶予額とその期間中の利子税額(利息)の合計額に相当する担保の提供が必要となります。
③ 納税猶予期間中の継続届出書の提出
納税猶予の期間中は、相続税の申告期限から3年ごとに、引き続き納税猶予の適用を受けたい旨等を記載した継続届出書を税務署長に提出しなければなりません。
5.納税猶予の免除
次のいずれかに該当した場合には、納税猶予の適用を受けていた一定の税額の納税が免除されます。
- 農業相続人が死亡した場合
- 農業の後継者に農地の全部又は一部を一括生前贈与し、その贈与税の納税猶予の特例を受ける場合
- 申告期限後20年間農業を継続して行った場合
下記のものについては20年間営農で免除されず、終身営農が免除の条件となります。
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- 市街化区域外農地等
- 特例を受ける農地等のうちに都市営農農地等を有する場合
- 三大都市圏の特定市以外の生産緑地地区にある農地
免除の条件に該当した場合には、遅滞なく「免除届出書」を税務署へ提出しなければなりません。
6.納税猶予の打ち切り
納税猶予の適用を受けている場合に、免除となる要件に該当する前に一定の事由が生じると、納税猶予が打ち切られ、利子税とともに納税猶予額の全部又は一部を納付することが必要になります。
全部打切りとなる事由
- 猶予の適用を受けていた農地等の20%を超える譲渡があったとき
- 農業相続人が農業を廃止したとき
- 継続届出書の提出がなかったとき
- 担保変更等の命令に応じなかったとき など
一部打切りとなる事由
- 猶予の適用を受けていた農地等について収用交換等による譲渡があったとき
- 猶予の適用を受けていた農地等の20%以下の譲渡があったとき
- 都市営農農地について、生産緑地法による買取り等の申出があったとき
- 都市計画の変更等により、特定市街化区域農地等に該当することとなったとき など
7.営農困難時貸付
納税猶予期間中に農業相続人が障害等のやむを得ない事情によって農業の継続が困難になったとき、一定の農地等の貸付けを行ったときは、農業経営は廃止していないものとみなされ、納税猶予が継続されます。
納税猶予の継続適用を受けるためには、その貸付けを行った日から2か月以内に「営農困難時貸付けに関する届出書」と添付書類を税務署長に提出しなければなりません。
8.相続税の納税猶予を適用している場合の都市農地貸付等
農地等の納税猶予は、原則として自ら営農していない貸付けている農地には適用することができませんでしたが、営農困難時貸付のほか、平成30年度税制改正により、市街化区域内の生産緑地地区内の農地について、
① 認定都市農地貸付け(農業者向けの貸付け)
② 農園用地貸付け(市民農園向けの貸付け)
を行ったものについては相続税の納税猶予を継続適用できることとなりました。
さらに、上記の貸付けを行っていた農業相続人が死亡した場合には、その農業相続人の相続人が新たに農業を営むなどの要件を満たせば、その農地について相続税の納税猶予の適用を受けることが可能です。
贈与税の納税猶予
農業を営んでいる個人から贈与により農地等を取得した受贈者が農業を継続して行う場合には、一定の条件の下に、その取得した農地等に係る一定の贈与税額について、その納税が猶予されます。
さらにその猶予された贈与税額は、一定の場合には免除されます。
なお、相続時精算課税制度の適用を受ける場合には、贈与税の納税猶予は適用できません。
1.贈与者の要件
農地等を贈与した日まで引き続き3年以上農業を営んでいる個人であること
2.受贈者の要件
贈与者の推定相続人であること(推定相続人のうち1人)
次の要件の全てに該当することを農業委員会(農業委員会を置かない市町村は市町村長)が証明した個人
- 農地等を取得した日の年齢が18歳以上
- 農地等を取得した日まで引き続き3年以上農業に従事していたこと
- 農地等を取得した日以後、速やかに農業経営を行うこと
- 農業委員会の証明の時において認定農業者等であること
3.農地等の要件
贈与者の農業経営に係る農地等のうち「農地の全部」、「採草放牧地の3分の2以上」及び「準農地の3分の2以上」について一括して贈与をすること。
4.猶予される贈与税額の計算方法
① 農地等の贈与があった年分の贈与税額
② 農地等の贈与がなかったものとして計算した場合の贈与税額
①-②=猶予される贈与税額
贈与税の納税猶予と相続税の納税猶予の関係
贈与税の納税猶予の適用を受けていて、その贈与者が死亡した場合には、納税猶予を受けている農地等は、受贈者である相続人が相続または遺贈により取得したものとみなされ、相続税が課税されます。
この場合、農業を継続することを前提に、相続税の納税猶予の適用を受けることができます。
まとめ
今後も子世代、孫世代へと農業経営を継続していかれる方にとって、この納税猶予制度はとても重要な税制上の制度です。
しかし、その適用には様々な手続きや書類の提出が必要となり、また納税猶予税額の計算は煩雑です。
農業の世代交代を検討されている場合や、農地の相続があった場合には、なるべく早めに専門の税理士に相談されることをおすすめします。