1.遺産分割協議とは
遺言書がない場合、または、遺言書があっても遺産の分割に関する指定が明確でない場合は、原則として、相続人全員で話し合う「遺産分割協議」を行って、「誰が何をどれだけもらうのか」を決めることになります。相続人の間でその話合いがまとまれば、次は遺産の相続手続きへと進むことができます。
また、遺言書がある場合でも、相続人全員の合意があれば、遺言書とは異なる遺産の分け方をすることも認められています。
遺産分割協議は、特別の方式が定められているものではありません。ただし、実務上は、「遺産分割協議書」という書類(誰が何をどれだけもらうのかを記載します。)を作成し、相続人全員が署名・捺印(通常、実印で捺印します。)し、印鑑登録証明書を添付することとなります。
なお、相続人全員で行わなかった遺産分割協議は無効になってしまいますので、まずは相続人の調査・確定をする必要があります。
2.一部分割について
遺産の一部についてだけの分割協議をすることは可能です。たとえば、以下のような場合に一部分割を行うことがあります。
1.遺産の種類が多様で金額も多かったり、相続人が多数いたりして、遺産の全部について一度に分割しようとすると、協議が長引いてしまうことが予想されるため、遺産の一部だけを先に分割したいという場合
2.相続税の納付のために必要な財産だけ(例えば預貯金だけなど)を先に分割したいというような場合
3.遺産分割協議の際には判明していなかった遺産が後になって発見され、先になされた遺産分割が結果的に遺産の一部だけの分割になる場合
ただし、遺産の一部について無事に分割協議ができたとしても、その残りについてまた分割協議をしなくてはいけない場面が将来必ず訪れます。その残りについて分割協議をするときに何らかの不都合が生じることが予測される場合には、遺産の一部だけの分割は控えた方が良いでしょう。たとえば、遺産のうち、預貯金のみを先に一部分割して、後に不動産を残部分割するという場合には、不動産の個数や不動産の評価との関係で、各相続人の過不足分を預貯金によって調整する必要が出てくる可能性が高いと考えられますので、一部分割はふさわしくないといえるでしょう。
3.法定相続分と異なる遺産分割を行うことの可否
民法では相続人が誰になるかに応じて、「法定相続分」という一定の割合が規定されており、法定相続分は、遺産分割協議を行う際の一つの基準や目安となります。
では、遺産分割協議を行う際、この法定相続分にぴったり沿った分割内容でなければならないのでしょうか。
(1) プラスの財産
遺産のうち、プラスの財産(不動産、預貯金など)については、相続人全員の合意があれば、各相続人の法定相続分を無視した遺産分割協議をすることが可能です。
遺産分割は、被相続人が死亡した後、相続人全員の共有状態になった遺産をどのように分配するかを決定する手続きですから、共有している相続人全員が、ある分け方に納得して合意するのであれば、どのような分割方法でも認められると考えられているからです。
(2) マイナスの財産
遺産のうち、債務等のマイナスの財産(借入金や未払金など)については、相続人同士の関係だけではなく、債権者(お金を貸している銀行等)という利害関係者がいることに注意が必要です。
債権者からみれば、債権者の知らないところで、相続人間で分割協議が行われた結果、返済能力の乏しい相続人を債務の承継者と決められてしまっては、返済が受けられなくなってしまう可能性があります。
そのため、金銭を支払う内容の債務については、相続によって、各相続人に対し法定相続分に応じて当然に分割されて承継されると考えられています。
したがって、債務について、法定相続割合と異なる負担割合を相続人間の分割協議で決定したとしても、債権者の承諾がない限り、債権者との関係では法定相続分に応じた債務を負うことになります。
4.遺産分割協議書を作成することの重要性
遺産分割協議の方式は自由ではありますが、遺産分割の協議が整った場合には、適切な「遺産分割協議書」を作成することがとても大事です。
なぜなら、遺産分割協議書は、不動産等の遺産の名義変更をする際に必要となりますし、時間が経って揉め事が蒸し返されないようにするためにも、とても重要な書類だからです。そのため、遺産分割協議書には、相続人全員の署名・捺印が必要とされており、実務では、実印で捺印し、印鑑登録証明書を添付することとしています。
インターネット等で遺産分割協議書のサンプルを入手することができますが、せっかく遺産分割協議書を作っておいても、不備があったり漏れがあったりすれば、またしても揉め事が起こってしまうことが考えられます。
遺産分割協議書の作成にあたっては、個々の相続によってそれぞれ事情が異なりますので、相続に強い弁護士へ相談することをおすすめします。
5.生前協定について
被相続人の生前に、相続人となることが予定されている者(推定相続人といいます。)の間で、事実上の遺産分割協議が行われる場合があります。「生前協定」とも呼ばれます。
例えば、高齢の資産家が、遺言書を作成しないまま重度の認知症等になり、遺言書を作成する判断能力を失ってしまった場合を想定します。
このような場合、被相続人自らが生前に財産を処分したり、遺言書の作成ができなくなるため、推定相続人の間で、被相続人の死後の遺産分けをあらかじめ取り決めて、生前協定をしておくことがあります。
生前協定の時点では、分割の対象とした財産は被相続人の所有財産であって、相続発生前にその内容が変わってしまう可能性があります。また、被相続人が死亡する前の時点では、誰が相続人になるかということは実際には確定していません。
そのため、生前協定には法律上の効力・拘束力はありません。生前協定は、単なる紳士協定として、相続紛争の防止を期待する程度の効果を有するに過ぎないのです。
6.遺産分割協議のやり直し
遺産分割協議は、一度成立した場合には、後になってもう一度やり直すことは原則としてできません。やり直す必要があったり、やり直すことができるのは、以下のような場合が考えられます。
(1) 遺産分割協議の時、相続人の意思表示に詐欺・錯誤・強迫等があった場合
たとえば、一部の相続人が騙されていた場合(詐欺)や、署名捺印を強圧的に無理矢理させられたような場合(強迫)です。
また、自分に大部分の遺産を相続させる遺言があったにもかかわらず、その遺言を知らずに法定相続分による遺産分割協議に応じてしまったような場合には、錯誤により無効となる可能性が高いといえます。
(2) 相続人の一部が漏れていた場合や、本来相続人でない人が参加していた場合
このような場合は、遺産分割協議が無効になります。
(3) 重要な遺産が後になって発見された場合
重要な遺産が漏れていた場合には、錯誤により分割協議の一部または全部を無効と主張できる場合があります。
(4) 相続人全員がやり直しに合意した場合
相続人全員の合意があれば、一度成立した遺産分割協議を撤回することもできますし、一部を変更することもできます。
ただし、全員の合意が必要になるため、多大な労力がかかることが多いといえます。また、合意解除や再分割をした場合に、税務上、分割後の贈与であると認定されて贈与税が課される可能性もあるため、再分割には慎重な配慮が必要です。
7.遺産分割協議の債務不履行
遺産分割協議が成立したものの、一部の相続人が協議において決めた約束事を果たさないことがあります。
たとえば、相続人Aが特定の遺産を相続する代わりに、他の相続人Bに対して金銭を支払うという分割方法(代償分割といいます。)を決定したものの、相続人Aが金銭を支払わないという場合等です。
そのような場合でも、債務不履行を理由に分割協議を解除してやり直すことは原則としてできません。別途、民事訴訟で履行や損害賠償を求めたり、強制執行をしたりすることになります。
分割協議書を作成する際に、同時履行条項を設けたり、相当の担保の提供を求めたりして、債務が履行されなかった場合にもスムーズに対処できるようにしておくのが望ましいでしょう。
8.遺産分割の効力を裁判で争う場合(遺産分割不存在確認、無効確認訴訟)
遺産分割協議がされていないのに、遺産分割協議書が偽造されているような場合には、遺産分割協議の不存在確認訴訟を提起することができます。
また、遺産分割協議に無効原因(相続人が漏れていた、意思能力のない相続人がいた、錯誤があった等)がある場合には、遺産分割協議の無効確認訴訟を提起することができます。
遺産分割協議に取消原因(詐欺、強迫、保佐人や補助人の同意がない場合)がある場合にも、取消の意思表示を行った上で、遺産分割協議の無効確認訴訟を提起することができます。
担保責任による解除が認められる場合にも、解除の意思表示を行った上で、遺産分割協議の無効確認訴訟を提起することができます。