1.個人版事業承継税制の創設
今回の改正により、新たな個人事業者の事業承継税制が、10年間限定ですが創設されました。(現行の事業用の小規模宅地の特例との選択適用です)
この規定は、平成31年1月1日から令和10年12月31日までの相続または贈与について適用されます。(令和6年3月31日までの間に承継計画を都道府県に提出した場合に限ります。)
「個人版事業承継税制」とは、分かりやすく言うと「相続税・贈与税の納税猶予制度」です。この制度を活用することにより、個人事業主が所有する事業用の資産(宅地・建物等)について、相続が発生した場合だけでなく、生前に贈与を行った場合にも、その課税価格に対応する相続税や贈与税の納付を全額先延ばしにすることができます。
事業承継を円滑にするための税制上の優遇措置(非上場株式の納税猶予制度)はこれまでにも行われていましたが、対象は法人の株式(いわゆる自社株)に限定されていました。飲食店や小売店など、中小事業の担い手の多くは個人事業主であるにもかかわらず、個人事業主については税制優遇措置がほとんどないため、事業を承継する時には重い税負担を強いられ、最悪の場合は廃業を選択することになりかねません。
そこでこの状況を改善すべく、2019年度の税制改正では個人事業主についての事業承継税制が創設され、その効果が期待されています。
では、2019度税制改正で創設された「個人版事業承継税制」とはどのようなものか、簡単に説明していきましょう。
(1)制度の概要
事業用の宅地、建物、その他一定の減価償却資産について、適用対象部分の課税価格の100%に対応する相続税・贈与税額の納税が猶予されます。ただし、法人の事業承継税制(非上場株式の納税猶予制度)と同様、担保を提供する必要があり、猶予が取消された場合には猶予税額とあわせて利子税を納付しなければなりません。
また、相続税の申告期限後、終身の事業・資産保有の継続要件が設けられています。
もし、後継者が死亡したり一定の重度障害を負った場合、または一定の災害が発生した場合には、その猶予税額は免除されます。また、経営環境の変化や後継者の心身の故障等により適用対象財産を譲渡又は事業自体を廃業する場合、その時点の資産価額で猶予税額を再計算し、差額が免除されるなど、個人事業者の特性も考慮した緩和措置が設けられています。
なお、個人版事業承継税制は中小の事業主を優遇する措置ではありますが、貸付事業(アパート、駐車場等)は対象外とされていますので、その点は注意が必要です。
(2)適用対象者
<贈与税>
①後継者である受贈者の主な要件
・贈与の日において20歳以上(令和4年4月1日以後の贈与については18歳以上)であること
・経営承継円滑化法の認定を受けていること
・贈与の日まで引き続き3年以上にわたり、特定事業用資産に係る事業(同種・類似の事業等を含みます。)に従事していたこと
・贈与税の申告期限において開業届出書を提出し、青色申告の承認を受けていること
・特定事業用資産に係る事業が、資産管理事業(※)及び性風俗関連特殊営業に該当しないこと
(※)「資産管理事業」とは、有価証券、自ら使用していない不動産、現金・預金等の特定の資産の保有割合が特定事業用資産の事業に係る総資産の総額の70%以上となる事業(資産保有型事業)やこれらの特定の資産からの運用収入が特定事業用資産に係る事業の総収入金額の75%以上となる事業(資産運用型事業)をいいます。
②先代事業者等である贈与者の主な要件
贈与者が先代事業者である場合→
・廃業届出書を提出していること又は贈与税の申告期限までに提出する見込みであること
・贈与の日の属する年、その前年及びその前々年の確定申告書を青色申告書により提出していること
贈与者が先代事業者以外の場合→
・先代事業者の贈与又は相続開始の直前において、先代事業者と生計を一にする親族であること
・先代事業者からの贈与又は相続後に特定事業用資産の贈与をしていること(※)
(※)先代事業者からの贈与又は相続開始の日から1年を経過する日までの贈与に限ります。
<相続税>
①後継者である相続人等の主な要件
・経営承継円滑化法の認定を受けていること
・相続開始の直前において特定事業用資産に係る事業(同種・類似の事業等を含みます。)に従事していたこと(先代事業者等が60歳未満で死亡した場合を除きます。)
・相続税の申告期限において開業届出書を提出し、青色申告の承認を受けていること(見込みを含みます。)
・特定事業用資産に係る事業が、資産管理事業及び性風俗関連特殊営業に該当しないこと
・先代事業者等から相続等により財産を取得した者が、特定事業用宅地等について小規模宅地等の特例の適用を受けていないこと
②先代事業者等である被相続人の主な要件
被相続人が先代事業者である場合→
・相続開始の日の属する年、その前年及びその前々年の確定申告書を青色申告書により提出していること
被相続人が先代事業者以外の場合→
・先代事業者の相続開始又は贈与の直前において、先代事業者と生計を一にする親族であること
・先代事業者からの贈与又は相続後に開始した相続に係る被相続人であること(※)
(※)先代事業者からの贈与又は相続開始の日から1年を経過する日までの相続に限ります。
(3)適用対象資産
この制度の対象となる「特定事業用資産」とは、先代事業者(贈与者・被相続人)の事業の用に供されていた下記の資産で、贈与又は相続等の日の属する年の前年分の事業所得に係る青色申告書の貸借対照表に計上されていたものをいいます。
①宅地等(400㎡まで)
②建物(床面積800㎡まで)
③②以外の減価償却資産で次のもの
・固定資産税の課税対象とされているもの
・自動車税・軽自動車税の営業用の標準税率が適用されるもの
・その他一定のもの(貨物運送用など一定の自動車、乳牛・果樹等の生物、特許権等の無形固定資産)
(注)
・先代事業者が、配偶者の所有する土地の上に建物を建て、事業を行っている場合における土地など、先代事業者と生計を一にする親族が所有する上記①から③までの資産も、特定事業用資産に該当します。
・後継者が複数人の場合には、上記①及び②の面積は各後継者が取得した面積の合計で判定します。
・先代事業者等からの相続等により取得した宅地等につき小規模宅地等の特例の適用を受ける者がいる場合には、一定の制限があります。
2.事業用の小規模宅地特例の見直し
相続開始前3年以内に事業の用に供された宅地については、小規模宅地等の特例の対象から除外されることとなりました。
この規定は2019年4月1日以後に相続等があった場合に適用されますが、2019年3月31日以前から事業の用に供されている宅地等については、小規模宅地等の特例の適用が可能です。
また、相続開始前3年以内に事業の用に供した宅地等であっても、その宅地等の上で事業の用に供されている償却資産の価額が、その宅地の相続時の価額の15%以上であれば、小規模宅地等の特例の適用対象となります。
<参考>小規模宅地等の特例とは
「小規模宅地等の特例」とは、被相続人が住んでいた自宅の敷地や事業を行っていた土地について、一定の要件を満たす必要はありますが、その評価額の80%または50%が減額される特例のことを言います。
その中でも「特定事業用宅地」とは、被相続人等の事業(貸付事業は除外)の用に供されていた宅地等であり、被相続人の親族が相続または遺贈により取得したものをいいます(申告期限までの事業継続、保有継続など、一定の要件を満たす必要があります)。
特定事業用宅地に該当する場合、400㎡を限度に、評価額が80%減額されるというもので、非常に大きな節税効果があります。
3.教育資金の一括贈与非課税措置の見直し
受贈者の所得について一定の制限が設けられ、また、その資金使途が見直される一方で、30 歳以上の方の就学継続には一定の配慮が行われています。
なお、適用期限は2年延長されることとなりました。
(1)受贈者の所得要件について
贈与を受けた年の前年の受贈者の合計所得金額が1,000万円を超える場合には、適用できないこととされます。
(2)教育資金の範囲について
23歳以上の者の教育資金の範囲について、下記のものに限定されます。
① 学校等に支払われる費用
② 学校等に関連する費用(留学渡航費等)
③ 学校等以外の者に支払われる費用で、教育訓練給付金の支給対象となる教育訓練を受講するために支払われるもの
(3)残高に対する贈与税の課税について
受贈者が30歳になった時において、①学校等に在学し又は②教育訓練給付金の支給対象となる教育訓練を受講している場合には、その時点で教育資金の残高があっても、贈与税の課税を受けないこととされました。
ただし、その後、①又は②に該当する期間がなかった年の年末に、その時点の残高に対して贈与税が課税されます。(それ以前に受贈者が40歳になった場合には、その時点の残高に対して贈与税が課税されます。)
(4)贈与者が死亡した時の残高について
贈与者の相続が発生した場合に、その相続開始前3年以内に行われた贈与については、贈与者の相続開始日において受贈者が次のいずれかに該当する場合を除き、相続開始時におけるその残高を相続財産に加算することとされました。
① 23 歳未満である場合
② 学校等に在学している場合
③ 教育訓練給付金の支給対象となる教育訓練を受講している場合
4.結婚・子育て資金の一括贈与非課税措置の見直し
贈与を受けた年の前年の受贈者の合計所得金額が1,000万円を超える場合には適用できないこととされました。
なお、適用期限は2年延長されます。